2015年4月27日月曜日

教祖になれなかった男

 オウム真理教サリン地下鉄事件を知らない世代の人口が増えつつあります。

 1995年に発生した事件ですし、それ以降に生まれた方が続々と成人を迎えていきますので、それも致し方のないことです。
 こう書いてしまうと時の流れを感じるばかりですね。

 しかし、無差別テロはまたいつ起こるかわかりませんので、このような無差別テロ事件があったという事実を風化させてはなりません。
 とまあお堅い書き出しになりましたが、今回はその当時の友人 T の話をブチ込みます。

 T はかつての同僚でしたが、転職してからもよく遊んでいました。
 そんな中でサリン事件が起こったわけですよ。  かつて私の知り合いからも信者が出たくらいですから、危険な思想をもったカルト教は結構身近なところにあるものだと思いました。

 「全財産差し出して厳しい修行に耐えるなんてありえないね。」

 ガムシロップですっかり甘ったるくなったアイスコーヒーをストローでかき回しながら、達観したような表情を浮かべる T。

 「出家するなら財産放棄するのが仏教思想だから、それは仕方ないでしょう。」

 なんて正論かましたところで、オウム幹部が私腹を肥やしに肥やしまくっていたのは周知の事実でございます。
 すると T が爆弾発言を投下しました。

 「俺なら、もっとみんなが幸せになる新興宗教の教祖になるね。」

 今思えば、なぜか私の周りには教祖になりたいという願望を持つ奴は数人いましたね。
 そんなアホな、と思いながらもどんな構想なのかを聞いてみたわけですよ。

 「名前は T教(自己愛感丸出し……)。で、そもそもお布施の金額が決まってないのが悪い。だから一律 500円。」
 「で、教義は?」
 「なにもしないことだよ。ドリンク 1 杯ふるまって騒ぐだけ。修行ナシ。」

 完全に曖昧です。

 「お布施で集めた金はどうなるの?」
 「それは俺のポケットマネー。宗教団体は課税されないし。でも 500円でみんなハッピーね。」

 いやいやいやいや、それが私腹を肥やすってことでしょーよ。
 それ以前になにがハッピーなのかわからん。

 目のまえで聞いている私でさえ、そのカラクリはミエミエです。

 「俺は信者にイヤな思いをさせたり、苦痛を強いたりする宗教って間違ってると思うけどな。」

 こればかりは個人の受け止め方の違いなので何とも言えません。
 ただ、ひとことだけ言っておきました。

 「そんなんじゃ人は集まらないだろうね。」

 その後、T教が広まったとか、ニュースになったとかいう話は一度も聞かれません。
 そしてとうの本人もとっくに忘れているであろうことは自身を持って申し上げられます。

 しかしですよ、たまーに話題になるこの手の信仰宗教とか、詐欺行為とかフタを開けてみるとしょーもないカラクリだったりするんですよね。
 しかも、大勢の人集めに成功しているというこのミステリー。 

 それがカリスマというやつなのでしょうけれど。